(70) 近江資朗取材記(その2)

近江二郎関係の調査で疑問だったのが、いろいろな史料で近江二郎の本名が「笠川次郎」となっているのに、弟・戸田史郎の渡航記録(船客名簿)が「近江資朗」となっていることでした。

今回、取材をさせていただく中で、その点はかなりはっきりしてきました。


個人のお宅の話なので詳細を記すのは控えますが(もし知りたい方は前回紹介した "FIFTH BORN SON"(George Omi, 2020)を買ってください:Amazonで購入できます)、近江二郎のもともとの名前は「近江次郎」で、笠川は妻・百合子の実家なのだそうです(彼女の本名は笠川秀子)。二郎は妻の実家に婿養子に入ったというワケです。深山百合子は一人娘だったそうなので、そういう事情があったのかもしれません。

近江二郎は当初から芸名ではなく本名で活動していたことがわかりましたし、古い文献にしばしば出てくる「近江次郎」の方が本当の本名(変な言い方ですが)だったこともわかりました。

近江家は広島県芦品郡福相村が本家だそうですが、取材の際には「新市(しんいち)」という地名がよく出てきました。調べてみると、1949年に新市村が新市町になった時、福相村の相方地区を編入したそうなので、そのあたりに実家があると考えられます。いずれにしても、いまは郡も村もなく、すべて編入されて広島県福山市になっています。

近江家の兄弟は

一雄(かずお)
次郎(じろう)
郁三(いくぞう)
資朗(しろう)
謙吾(けんご)
六郎(ろくろう)
富枝(とみえ)
孝子(たかこ)

の六男二女で、このうち一雄、謙吾、六郎の3人は父親の助言でアメリカに移住したということです。

このうち謙吾の息子は実(ミノル)さんといい、上掲書を書いたGeorge Omiその人です。 FIFTH BORN SONは「5番目に生まれた息子」ですから、実さんは父・謙吾の生涯を通して、近江一族のファミリーヒストリーを書いたということになります。


近江二郎が渡米し、アメリカ巡業を成功させたのは、一雄、謙吾、六郎という3人の兄弟がいたからでもあり、彼らが近江一座の巡業をカゲで支えていたワケです。

以前の投稿(「近江二郎、捕まる」)で、近江二郎がアメリカで禁猟の鳥を撃って捕まった話を書きましたが、この時に取材を受けていた人が近江謙吾だったのです。


さて、近江資朗(芸名・戸田史郎)の略歴は、何度か紹介している新聞記事にあります。

昭和15年5月4日付横浜貿易新報より

ここに書かれている「本名・笠川四郎」は誤りであることが判明しました(本名は「近江資朗」)。

また、これもかねてから疑問だった「近江洋服店主人」の謎も、今回の取材ではっきりしたのです。

近江資朗さんは、井土ヶ谷(南区永田町)に住まいし、そこでブラウスの縫製を生業にしていたそうです。役者の傍ら、というより縫製の方が本業で、その合間に舞台に出ていたようです。

兄・郁三が縫製業を営んでいたことから、おそらく彼のもとで技術を習得したのだと思われます。今なお、近江家の縁者が馬喰町でブラウス縫製の仕事をしているともうかがいました。


今回の取材でお話を伺ったのは、近江資朗の娘さんとお孫さんでしたが、驚いたのは「母も役者でした」と聞かされたことです。春日早苗という芸名で、やはり近江一座の舞台に立っていたというのです。

事実、銀星座の柿落としの広告に「近江二郎」「深山百合子」「戸田史郎」と並んで「春日早苗」の名前があります(同年1月と5月には杉田劇場で近江一座が興行しているので、この4人は杉田の舞台にも立ったと推測されます)。

昭和21年3月23日付神奈川新聞より

春日早苗は近江九女子(くめこ)、旧姓「井口九女子」で、アメリカ巡業の際の秩父丸船客名簿に「井口久米子」の名前がありますから、これが彼女に違いありません。アメリカ巡業に同行していたことも裏付けられました。

さらに驚くべきことに、上掲の"FIFTH BORN SON"には、その際に撮られたと思われる写真が掲載されているのです。

"FIFTH BORN SON" George Omi, 2020より
 
後列左が近江二郎、右が戸田史郎(近江資朗)。
前列左が深山百合子、右が春日早苗(井口九女子)。

本のキャプションには "circa1930"(1930年ごろ)とありますが、彼らのアメリカ本土滞在は1930年10月末から1931年2月末までですので、その間の写真でしょう。

渡航直後なのか、巡業の途中なのか。誇らしげな晴れやかな表情が印象的です。

 

→つづく


「大高ヨシヲを探せ!」第一回投稿は
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