(86) ふたたび近江二郎

戦前・戦中の大高よし男の活動履歴は、昭和15年3月の横浜敷島座から昭和18年5月の京都三友劇場まで、断続的に痕跡が見つかったものの、それ以外は手がかりが見つかりません。

昭和15年に近江二郎一座が敷島座に登場して以降に大高(高杉)の名前が出てくることから、近江一座のメンバーだったと推測していますが、それ以前の記録がなかなか見つかりません。そもそも、近江二郎がその頃、主にどこの街で活動していたのかについても、年に1〜2回名古屋で興行している以外ははっきりしません。

近江二郎以外にも、日吉一座にいた川上好子と行動を共にしていた可能性も想定していますが、こちらも相変わらずよくわからないままです。


ところで、近江二郎の住まいについては、横浜の井土ヶ谷在住と考えるのが妥当です。その旨の新聞記事がありますし、実弟の資朗氏が井土ヶ谷にいたことや、ご親族からお話を伺った際、戦後、近江夫妻が通町のあたりに住んでいた話を聞いていることからも、横浜が(少なくともひとつの)拠点であったことは間違いなさそうです。

ただ、以前から書いているように『演劇年鑑』(昭和18年版)に掲載されている人名録には、「大阪市生野区鶴橋南王町」という住所が書かれているので、昭和18年当時、近江二郎は大阪にも拠点があったとも考えられ、混乱に拍車がかかっているところです。

『演劇年鑑』(昭和18年版)より

そもそもこの「鶴橋南王町」というのがどんなに調べても出てこない地名で、偽住所じゃないかとの疑惑すら抱きかねないところでした。最近になってふと、これは誤植に違いないと思いつき、あれこれ推測を巡らして、実在した「鶴橋南之町」の誤りだろうとの結論に至った次第。「之」と「王」ですから、まぁ、似ていないこともない。

調べてみると「鶴橋南之町」はもともと東成区だったのが、昭和18年4月に分区して生野区になったようです。JR「桃谷」駅の近くで、昭和48年に住居表示が変更になるまではこの町名が残っていたそうです(生野区のウェブサイトより)。

と偉そうに書いてはいますが、実のところ大阪のことはまったく門外漢なので、ここがどんな街なのかについてはさっぱりわかりません。

困った時の頼みの綱、国会図書館デジタルアーカイブで検索すると、『演劇年鑑』にある近江二郎の住所「生野区鶴橋南之町1-5765」は、戦前、戦後ともいくつかの資料がヒットしますが、ほとんどが工場の住所で、演劇人である近江二郎との関係は見当たりません。

妻である深山百合子(笠川秀子)にゆかりのある地なのか、パトロンのような人の住んでいた場所なのか、劇場や興行会社の住所なのか、あれこれ想像は膨らみますが、はっきりしたことはわかりません。途方に暮れるばかりです。

(古い地図などでさらに詳しく調べてみたところ「鶴橋南之町1-5765」は現在の「生野区桃谷1-4」、桃谷駅前の一角だとわかりました)


ちなみに昭和18年から19年にかけての近江一座の活動は

昭和18年
 1月 横浜敷島座
 2月  不明
 3月 名古屋宝生座
 4月 大阪弁天座
 5月  同上(18日まで)
 6月  不明
 7月  不明
 8月 川崎大勝座・横浜敷島座
 9月 横浜敷島座
10月 川崎大勝座
11月 大阪弁天座
12月 京都新富座


昭和19年
1月 川崎大勝座
2月  不明
3月 川崎大勝座
4月 横浜敷島座
5月 横浜敷島座
6月 川崎大勝座
7月  不明
8月  不明
9月 名古屋黄花園
(以下不明)

となっています。

見てわかる通り、特段、大阪や京都が多いというわけでもなく、むしろ横浜や川崎がメインという気さえします。なのになぜ『演劇年鑑』の住所が大阪になっているのか(ちなみに日吉良太郎の項には横浜・井土ヶ谷の住所が書かれています)。

この近江二郎の謎を解くこともこの先の調査の重要なテーマで、これが大高の経歴の手がかりにつながることをひそかに祈っているところです。


それにしても近江二郎のことを考えるにつけ、以前にも書いたように((69) 近江資朗取材記(その1))、近江夫妻の子(養子)である元子さん(芸名・衣川素子)の書いた手記にある

「二代目を名乗るべき人が交通事故で他界」

という記述が気になって仕方ありません。

大高よし男は生きていたら二代目近江二郎になっていたのでしょうか。それとも見当違いな妄想なのでしょうか。

うぅむ。

ともあれ、旧杉田劇場と大高よし男と近江二郎。やはりこの三者の関係が調査のキーであることは間違いなさそうです。


→つづく

「大高ヨシヲを探せ!」第一回投稿は
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