前回投稿したように、横浜在住の俳優を紹介する連載は、初回に続いて4月25日に第二回が掲載されます。
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| 1941(昭和16)年4月25日付神奈川県新聞より |
ここでは主に長老俳優たる「岡田梅男」と「市川新昇」が詳細に紹介されています。
それによると岡田梅男は明治元年生まれ。最初は三遊亭梅枝という落語家で、壮士芝居に転向して山口定雄一座に入座して岡田梅男を名乗るようになったそうです。その後、喜楽座に移って曾我廼家祐経を名乗ったが、また新派に戻ったとのこと。連載を書いた小林勝之丞は
「昨冬、六角橋の六角館で岡田の舞台を久しぶりに見たが是が七十余歳の老人とは少しも思えず胸の透く芸風であったことを喜んだ」
と書いています。
もう一人紹介されているのが「市川新昇」。字が不鮮明でよくわからないのですがおそらく「新昇」。住所などから前回の一覧にあった「市川新升」と同一人物と思われます(どちらの字が正しいのかは不明)。
この人は、この当時、主に祭礼の余興に出ていて、保土ヶ谷の海老塚萬吉を太夫元とするグループに属していたそうです。前回も引用した通り、市川新蔵の門弟で、この記事によると、若い頃は「檜舞台を踏んだ」とありますので、かつて歌舞伎に出ていたということなのでしょう。
またこの人は「下駄新」と呼ばれていたそうで、その理由はかつて伊勢佐木町一丁目の勧工場(今でいうデパート)で下駄店をやっていたからだそう。伊勢佐木町の勧工場は記事中に「今の森永キャンデー」とカッコ書きされているように、伊勢佐木町の入口にありました。
横浜の役者は必ずしも全国的な知名度があったわけではないようですが、だからこそでしょうか、その人生の変遷が面白くエピソードに飽きることはありません。
この回には他の役者紹介はありませんでしたが、翌日、4月26日の第三回には、初回の続きとして横浜在住の役者が紹介されているので、ここに引用しておきます。
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| 1941(昭和16)年4月26日付神奈川県新聞より |
※以後の各連載は、リストアップされた役者から何人かをピックアップしてエピソードを詳述する形になりますが、長くなるのでそれはまたいずれ書くとして、ひとまず役者の一覧を引用列記していきたいと思います。
岡田梅男
本名同じ/七十四歳/中区日枝町/故山口定雄門下、近郊巡業を主としている
小金井秀夫
本名:中澤忠三/三十七歳/中区日枝町/目下浅草大都劇場実演
水之江城子
本名:和田城子/十三歳/中区清水ヶ丘/故高田■の長女/近郊巡業
※「高田■」が判読できませんでしたが、都新聞によれば、敷島座座付の頭取で、城子はその娘だそう。剣劇の酒井淳之助が不憫に思って子役として重用していたとのことです(1940(昭和15)年3月1日付演芸欄より)。
川上好子
本名:今津コウ/二十七歳/中区長者町/籠寅演芸部専属
※この人については以前も紹介しましたが、元日吉劇のメンバーで復興博の女神で3位になっています。
曾我廼家明石
四十五歳/中区山王町/祭礼余興、演劇に出演。平素は紙芝居屋
五月信夫
四十歳/中区日枝町/女形。近県巡業
静■繁
中区若葉町/近郊回り。岡田梅男門下
嵐傳五郎
六十五歳/中区黄金町、髪結音羽屋方/尾上多美右衛門の父。立師。現在は地方回り
嵐ひろ子
十歳/右の(注:上の)傳五郎の孫
市川コズエ
本名:平尾/十二歳/中区末吉町/市川蔦之助の娘
橋本梅蔵
本名:橋本久次郎/七十一歳/中区蓬莱町/嵐璃■門下。頭取として地方巡業
続く4月28日の第五回には引退した役者がリストアップされています。
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| 1941(昭和16)年4月28日付神奈川県新聞より |
中島三甫右衛門
本名:鈴木新助/四十一歳/かつては東宝劇団俳優。今は東京日本橋、山初玩具店重役/中区本牧三之谷
佐藤幾之助
本名:佐藤彌七/六十四歳/中区曙町/麻雀三徳の主人/山口定雄系の新俳優にして明治四十二年二代目幾之助襲名
佐藤新十郎
七十歳/新俳優なりしが今は某芸妓見番に勤務。若き頃は酔うと大言壮語して東北弁を発揮。自分の名を、スンズロウと発言して有名なり
荒井信夫
六十七歳/中区弘明寺町/川上座の古い座員にて水野好美に師事し、横浜では喜楽座々付たりし
尾上梅代
本名:榎本あい子/中区弘明寺町/常磐津語りとして寄席出演したのが明治三十年代。のちに女役者として
三崎座に所属。帝劇女優第一期生に振付。のちに喜楽座に来り。現在頗る不遇。
三島啓介
本名:酒井茂作/五十九歳/福島県生まれ/喜楽座にてお馴染みの三枚目役者。今は神奈川県衛生課嘱託として学校、公会堂にて巡回講話/中区西戸部町
松井幾人
本名:立野幾三郎/五十七歳/扇町の商家に生れ明治四十年松尾次郎門下となる。一度も師匠を変えず大正十四年六月、松尾が廃業とともにいさぎよく舞台を退き、現在は保土ヶ谷町、某神社出仕神官
松岡壽美子
二十六歳/右の(注:上の)松井幾人長女/日吉良太郎一座の花形女優。一昨年(注:昭和14年)廃業。現在は横須賀に在り
中川清
六十三歳/中区本牧三之谷/新派劇の敵役として横浜座時代に人気あり。のちに横浜常設館弁士。現在は伊勢佐木興行組合消毒主任
青木俊二
五十五歳/横浜座主、轟由次郎に愛せられ、女形。女中役を得意。現在は藤棚富士館事務員
池田富雄
東京の寄席回り、埼玉県回りの新俳優、のちに横浜へ出演/六十五歳/現在は中区日本橋、某芸妓屋に納まる
市川三之助
本名:加藤三吉/六十七歳/賑座の時代に市川宗三郎に師事。のちに頭取として三十年続く
佐上善行
本名:小林文太郎/四十二歳/中区西中町/須磨健次門下。日吉良太郎一座に加わり、昭和十三年廃業。現在はワイシャツ製造業
澤村清枝
本名:長谷川/清之助門下。子役清子の実父/中区浦舟町/シンガーミシン会社員から俳優となり、現在は中区花咲町、掃部山見番勤務
ついで5月4日の第六回では、主に大衆演劇の役者と現役を引退した役者を紹介しています(最終回、第七回にも引退役者の追記があります)。
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| 1941(昭和16)年5月4日付神奈川県新聞より |
大江美智子
本名:細谷八重子/二十二歳/中区南太田町に自宅あり/先代大江が横浜歌舞伎座に昭和九年春、出演の時入門。大川美恵子と名乗り、師急死するや昭和十四年八月新橋演舞場にて二代目襲名。籠寅専属
吾妻千恵子
十九歳/大江美智子の実妹。有望の花形
大江美媚子
本名:浪川みさを/二十三歳/神奈川区青木通/目下福島県を巡業。大江美智子に紛らわしき美媚子を名乗る。前名立花淳子と称し心臓の強さに於いてはハマ随一
星十郎
二十五歳/前名美崎重郎/甲府の生まれ/十七歳の時日吉良太郎一座に初舞台。昨年より古川ロッパ一座に入り二枚目役を勤む/中区野毛町
関谷妙子
本名:馬場妙子/二十歳/中区千歳町/三吉小学校卒業後、日吉良太郎の門に入り、昨年より志賀廼家淡海一座に加入。五月一日より浅草萬盛座に出演
近江二郎
本名:笠川二郎/五十歳/中区井土ヶ谷町に自宅あり/川上音二郎の門より出て大正九年横浜に初出演。のちに座長となり現在は籠寅専属。五月一日より名古屋宝生座出演
※全国を巡業していた近江二郎ですが、実父が井土ヶ谷で養鶏業を営んでいたこともあり、井土ヶ谷に自宅があったようです。前年に敷島座に来演して以来、好劇家の間では横浜在住の役者という認識になっていたのでしょう。
深山百合子
四十三歳/近江の夫人/以前は関外福井家より壽々香と名乗りたる芸妓なり
※深山百合子の本名は笠川ヒデ(秀子)で、近江二郎は笠川家に婿養子に入る形だったようです。そのせいか、南太田の常照寺にある近江家の墓の墓誌に二郎の名はなく、二郎の遺骨は笠川家の墓所に納められたものと思われます。
衣川素子
十一歳/近江の娘。子役
※近江二郎と深山百合子には子がなかったので、二郎のいとこの子である「元子」を養女にして子役として舞台に立たせたそうです。元子さんは旅まわりの役者稼業が嫌で、のちに養子縁組を解消し、二郎の甥(妹・孝子の子)にあたる邦夫さんと結婚します。平成十二年に七十歳で亡くなり、今も常照寺の近江家の墓所に眠っています。
藤原かつみ
本名:小林ひろ子/中区中村町/二十二歳/巴玲子門下。目下は北海道を農民劇にて巡業中
伊藤三千三
本名:稲垣(?)音二/中区間門町/四十二歳/故
山崎長之輔夫人の実弟。剣劇の人気者。現在は賀川清、英栄子とともにアメリカに在り
伊藤登
本名:伊藤重郎/中区弘明寺町/日吉良太郎一座の喜劇俳優として活躍せるが廃業して、中区通町鶴巻橋際にトンカツ屋開業
竹田玉子
本名も同じ/二十一歳/中区山田町/子役の時より芸達者の評あり。のちに日吉劇へ入り大いに認められしが、現在は東京よし町にて
左褄をとる身なり
勝川三次
本名:加藤実/三十歳/中区宿町/
武田正憲門下/新劇俳優として名ありしが廃業。伊勢佐木町日活館前の山田貴金属店が姉の家なれば同店員となる
戸田史郎
本名:笠川四郎(注:誤り。正しくは近江資朗)/四十五歳/中区井土ヶ谷町/近江洋服店主人。近江二郎の実弟なり
※この記事では引退したことになっているようですが、戦後の銀星座にも出演しているので引退というわけではなさそうです。役者と並行してやっていた仕事は、洋服店というよりシャツ・ブラウスの縫製業が正しく、戦後もその仕事を続けていましたが、昭和30年代に井土ヶ谷の家が火災になり、磯子区中原(杉田の隣町)に転居します。
尾上羽多丸
祖父は梅幸門人にて羽多蔵。兄は故羽多之助。現在は中区二葉町にて酒井三味線店営業
松本米世
女優をやめて中区高根町に舞踏指南をしている
青柳早苗
本名:梅原イト/中区伊勢町/はじめは朝日座専属なりしが震災直後、故市川荒二郎夫人になり、丹羽イトを名乗り女優廃業。現在はある宗旨の行者として起つ
三井一枝
本名:■井一枝/中区日ノ出町/松尾次郎門下の女優。のちに■井タクシーを営業。今は会社員の妻
久松勝代
同じく松尾次郎門下の女優、娘形なり/中区曙町/酒の家勝花を開き、今は若葉町角にコーヒー店を開業
そんなこんなで、今回も前回に引き続き、戦前の新聞を引用する形で、当時、横浜に住んでいた役者たちを紹介しました。役者の人生の紆余曲折はとても面白いエピソードに溢れています。頃合いを見て、今後も何人か紹介できればと思います。
次回は大高よし男の周辺について、調査の成果をほんの少し。
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